20081030 11:58(木) habagishi
旅日記
ぼくは20代はずっと、いわゆるバックパッカーをやっていたわけですが、そもそもなんでそういうことになったかを書きます。
ぼくんちの近所のジオスの前に「ワーキングホリデーに行こう!」みたいなチラシが貼ってあって、一ヶ月の英語学校留学と
ホームステイ付きって書いてありました。
なんか、英語が話せるようになって、オーストラリアに一年住めて、なんかカッコいいし、面白そうじゃん。て思いました。
当時ぼくは工場で働いていて、貯金もあったんで、じゃあ行こう!と軽い気持で申し込んだのが最初でした。
その時のぼくのワーキングホリデーの認識は、一年間のむこうでの生活は完全に保証されているもんだ、左うちわなんだ。という甘いものでした。
しかし、ワーキングホリデーというのは、ただのビザの一種類であって、住むところや、仕事も、当然自分で探さないといけません。
ですが、ぼくはそんなこと全然考えてませんでした。
そんな訳で、2000年か2001年の5月の何日か忘れたけど、ぼくを乗っけた飛行機は、オーストラリアの西の果て、パースに向けて飛び立ったわけです。
パースというのは、日本ではあまりなじみがありませんが、オーストラリア西部で一番大きい都市です。西側に都市と呼べるような町は他にありません。
ていうか、町じたいが、とても少ないです。ほとんど砂漠です。
日本人に人気の、ケアンズ、ゴールドコースト、シドニーとかは、全部東海岸です。
ちょード田舎です。パース以外に、信号機とかも無かった気がします。
つづく
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